「貧者と再開発について」 2011年12月24日の荒川餅つき大会での渋谷望さんのトーク

2011年12月24日に行われた、荒川餅つき大会でのシンポジウムでの渋谷望さんのトークを掲載します。必読!!


貧者と再開発について by 渋谷望

■貧者、といってもまず貧しい家の子供たちの話をさせてください。日本でも世界でもどこでも、都市の貧しい家の子供たちは外で遊びます。なぜなら家が狭いからで部屋や庭で遊ぶことができないからです。仕事で疲れた親が不機嫌だからというのもあります。だから世界中の貧困地区の子供たちは街路で遊びます。ところが日本では、車中心社会が出来上がってしまい、小さい子供が遊ぶには危険がともないます。おまけに日本は都市の児童公園はきわめて限られている。最近では東京でも屋外には放射能の危険が潜んでいます。だから貧しい家庭の子供たちは屋内にも屋外にも物理的に居場所がない。

■じつはこの構造は、野宿者の人々が置かれている状況とまったく同じです。つまり野宿者は一方で、労働市場と生活保護など福祉政策から排除され、そのことで民間・公的双方の住宅システムから排除される。要するに屋内に居場所がない。そこで河川敷や公園など、公共空間と呼ばれる空間に避難するわけです。

■そこは「公」の空間とされていますが、実際は都市のグレーゾーンであり隙間の空間でした。僕はこれをコモンズと呼んでいますが。そこは従来、誰かのものではなく、みんなのもので、所有権と利用権があいまいな空間でした。

■ところが、このグレーゾーンは、ここ10数年、とりわけ、2000年代に入ってからの規制緩和の流れのなかで、再開発/ジェントリフィケーションの対象となっています。空間の所有権を強化し、公有化したり、民間に貸し出したりして、観光地化、レジャー施設化する。これは宮下公園でやられたことです。東京東部とくに墨田区ではスカイツリーに便乗するかたちでの観光地化が進められています。もちろん莫大な金が動くの利権もからんでいます。その結果かつてのグレーゾーンは消えていく。

■野宿する人たちの状況は貧困地域の子供たちの状況と同じで、屋内にいることもできないし、屋外にいることもできない。ようするに物理的に消え去れということです。

■数日前、江東区で少年たちによる野宿者への襲撃ありました。このことは居場所のない子供たちの状居と関係しているような気がします。自分の居場所がなく、どこからも排除されている子供たちは、同様に社会からジャマだと言われ続けて成長してきた。自分の生命が尊重されるという経験、そうした実感がないのではないではないでしょうか。恐ろしいことですが、そういう子供たちが野宿者の襲撃をやったのではということは十分考えられると思います。

■資本優先で生命を尊重しないような社会を作ってきたのは誰か。建設省、つまり国交省は高度成長以降、こうした社会をつくってきた先兵であったことは確かです。また生命軽視のロジックの延長に原発があると思うんです。

■最後に一つだけ。きのう調べていて見つけたんですが、12月1日付で荒川河川敷の追い出しに関するマスメディアの報道を調べる業務委託の入札が国交省から出されていました。正確には「荒川下流マスコミ報道分析業務」といいます。「マスコミ報道資料を収集し、荒川下流河川事務所を取り巻く世論環境を分析」し「インターネットリサーチを実施し、報道による地域社会の意識変化を把握し、効率的・効果的な広報活動へ反映させるための基礎資料とするものである」とあります。マスコミがこの追い出しを報道することはほとんどありません。だとすると、国のカネで山谷のブログやツイッターを監視するということでしょう。また、受注した会社自らネットへの書き込みやツイッターを通じて「やらせ」で世論形成をする可能性があります。そうすることで自分たちの「業務」が増えるのだから。たとえそうだとしても、国は会社が勝手にやったことだと責任逃れをするでしょう。この業務には「住民意識調査」ともありますが、住民とは誰のことでしょうか。まずはここに住む住民の意識調査をしなければなりません。

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