台東区避難所問題:野宿する人々100人に行った聞き取りの結果 パート3 ----避難所についての野宿する人々の思い---

聞き取りの中では、台東区の避難所について、知っていたかどうかについてもたずねている。普段台東区内で暮らしている人が83人、そのうち25人が「知っていた」と答え、58人が「知らなかった」という答え。この数字から導き出されるのは「野宿者にも避難所の周知をすべき」という結論だろう。確かに重要なポイントではある。最も災害の影響を受け、命が危険にさらされる可能性が高い人々に、確実に情報が届くようにすること。だが、少々平板で表面的な気もする。より重要な要素が、野宿の仲間の声の中に、見出されるのではないだろうか。
野宿する当事者が、避難所に行くつもりがあるかどうか(あったかどうか)について、聞き取りで直接きくことはあえてしていない。だが、「避難所について思うこと」という問いに対して、「行きたかった」「行きたくなかった」という形で答えてくれた人が38名。そのうち、「行きたかった」という主旨の回答が15名、「行きたくなかった」という主旨の回答が23名であり、避難所に行く気がないという人の数が、上回った。「避難所に行くつもりがない」と答えた人の中で、何人かはその理由を言ってくれた。「においや身なりなどで(こちらが)気を使ってしまう」というものもあるが、多くが日常的に受けている差別や排除を、避難所に行かない理由としてあげている。「普段公園でもにらまれたりするので、避難所に行っても『なんで来るんだ』などといわれそう」「役所の人間はおれたちをバカにしているから」「ホームレスを人間扱いしていない」「俺達はいつも排除される」などなど。

これは「避難所を野宿者に開放しても、野宿者は来ない」ということではない。そうではなく、日常的な排除の延長に、今回の避難所問題があるということだ。言い方を変えると、台東区危機災害対策課が避難所から野宿者を排除するずっと前から、野宿者は避難所から排除されてきたのだ。日常的な排除と差別によって。これはまた、「野宿者が(野宿者も)利用できる避難所の実現を」という議論の限界を示しているとも言える。つまり、多くの野宿者は、避難所問題を他の排除から切り離して考えてはいないということだ。今回の聞き取り結果は、避難所の運営方法の議論のみでは解決できない問題の存在を強く示しているのだ。

聞き取りを行うに際し、悩んだことの一つが、この日常的な排除とのつながりだった。具体的な例をあげると、避難所のことが話題になったとき頭に浮かんだのは、区内のアーケードで起こっている野宿者排除の問題だった。警察が深夜のアーケードで寝ている野宿者を叩き起こし、追い出している問題。雨の夜や悪天候の晩を狙ったように警察が来て、雨の中に追い出すというのを繰り返してる。警察署に野宿の人たちと出張って、抗議の文書を出したり、それなりに取り組みをやっては来たが、なかなかうまく行かない。

悪天候の中、野宿者を叩き出すということで言えば避難所もアーケードも同様に悪質なわけで、また、野宿する人の暮らしから考えると、アーケードの排除問題の方がたぶん重要だ。ところがアーケードからの排除のような恒常的な排除の問題とは、一定別なものとして、避難所問題を考えるのが、なんとも気持ちが悪くて、ためらってしまう。台風が来る前もそうだし、台風が過ぎ去った今も、野宿者は差別・排除の中で暮らしてて、そういう人たちと僕らは毎週メシ作りを一緒にやってる。昨日の夜、寝床を叩き出されたかもしれない、そんな人たちを相手に「避難所のことについてどう思う?」とか聞くのって、ちょっと呑気すぎるんじゃないか、と感じていた。また、聞き取りを行うことで、日常的な排除の問題を、避難所問題から切り離すことになるのではないか、という危惧もあった。

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