避難所問題について聞き取りをする中で思ったこと【日常的な排除・差別の問題と避難所問題とは別のものなのか】

ここ二週間ほど、日曜日の共同炊事(私達がやっている行列を作らない炊き出し、のようなもの)の時に、野宿の人たちに台風19号の避難所の問題(台東区が野宿者を断った問題)について、簡単なアンケートというか聞き取りをしたんだけど、個人的にはなかなかいいなと思う瞬間がいくつかあったので、それについて書く。これは、同時に、なぜ私達が野宿する人々に聞き取りをするのか、その意味についての文章でもある。

聞き取りの項目は、12日(台風が来た日)にどこにいてどのように過ごしてたかとか、避難所を知っていたか、とかその程度。それと、「避難所について思うこと」っていう項目もあった。みんな一言二言感想を言ってくれたんだけど、台東区が野宿者が避難所に避難するのを断ったことについて、「絶対許されないこと」「絶対おかしいよ」とか「野宿者お断りはひどい。人間の尊厳は誰も同じ」とか、スパッとためらいなく言う人がけっこういて、すごくいいと思ったわけ。

野宿してる当人が、今回の避難所問題を、全く不当な排除と認識し「絶対許されないことだ」と言い切るのは、野宿してない人(これを書いてる自分を含めてだが)が言うのとは違った意味があると思うのだ。

一つには、日々排除や偏見や悪意に直面しながら暮らす野宿者が、差別意識に対し、諦めの気持ちを持つのは自然なことだし、実際アンケートで「しょうがない」という答えもけっこうあったから。それが当然だと思うのは、台風が来る前から、野宿者は役所や一部の地域住人からの排除の中で暮らしてきたわけで、今回「野宿者は避難所に入れない」というのが差別・排除を受けた初めての経験ではない。そういう中で、避難所問題に対し「許されない」と言い切るのは、すばらしいなと思うわけです。

もう少し具体的に言うと、これは(これを書いてる)自分自身の問題としてもあるんだけど、今回の避難所問題についてはちょっと歯切れが悪いところがあった。ためらいというか。台東区の避難所から野宿者が断られたことが話題になったとき、自分の頭に浮かんだのは、区内のアーケードで起こっている野宿者排除の問題だった。警察が深夜のアーケードで寝ている野宿者を叩き起こし、追い出すということが繰り返し行われているんだが、雨の夜や悪天候の晩を狙ったように警察が来て、雨の中に追い出すというのを繰り返してる問題。警察署に野宿の人たちと出張って、抗議の文書を出したり、それなりに取り組みをやっては来たが、なかなかうまく行かない。

悪天候の中、野宿者を叩き出すということで言えば避難所もアーケードも同様に悪質なわけで、また、野宿する人の暮らしから考えると、アーケードの排除問題の方がたぶん重要だ。ところがアーケードからの排除のような恒常的な排除の問題とは一定別なものとして、避難所の排除問題を批判するというのが、なんとも自分的に気持ちが悪くて、ためらってしまう。
台風が来る前もそうだし、台風が過ぎ去った今も、野宿者は差別・排除の中で暮らしてて、そういう人たちと僕らは毎週メシ作りを一緒にやってる。昨日の夜、寝床を叩き出されたかもしれない、そんな人たちを相手に「避難所のことについてどう思う?」とか聞くのって、ちょっと呑気すぎるんじゃないか、と感じていた。

もちろん、避難所の問題を個別の問題、独立のこととして取り組みを行うというのは、方法論・技術論として、もちろんあり得るだろう。ただ、深まらないよね。では、避難所問題を他の問題につなげて考える(たとえばアーケードの排除問題)というのは、どうなのか。そうしなければならない、という必然性はあるのか。あるとすればどこに?当然、行政や区は、「避難所の問題」と限定して話をしていくわけで、それに対して説得力というか、そういったものがどこにあるのかということだ。これは、技術的に解決できるものではない。そうではなく、もしその必然性が形をとるとすれば、それは野宿する人々の声の中からのみ生まれ出るものだと思う。
そして私達が、避難所問題と日常の中での排除の問題との連関を内在的に含むような取り組みを作り上げることができるかどうか。。。

つまり、なぜ避難所問題はこれだけ注目され、排除を批判する立場が一定の共感を持って受け入れられるのに、アーケードや河川敷、公園での野宿者排除はそうではないのか。ということでもある。

問題はこうだ。●「誰でも使える避難所の実現を」という方向で、今回の件を焦点化するのは、すごくよくない。なぜなら日常的な差別/排除と避難所の問題を切り離すことになりかねないからだ。
●かと言って「日常的な排除が今回の問題を生んだんだから、それをこそ問題にしなくてはならない」というのも、平板で奥行きがない。「野宿者お断り避難所」の何が問題だったのか、について正面から向き合わないのは気分が悪いし、なにより、この態度は、つきつめると避難所問題に取り組まない、というに等しいわけで、これはこれでマズい。

非常にどっちつかず、未整理な状態でただ、気分は圧倒的に後者に傾きつつ、聞き取りに参加したわけだが、そこで野宿する人々の率直な怒り(憎しみとは異質なものだと思う)の声を聞いて、すごくすっきりしてていいと思った、という話です。聞き取りの内容の分析については、今日明日中にアップします。
(山谷争議団・反失実M)

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