「ファベーラの平和と、鎮定と、UPP」RioOnWatchの記事の抄訳です

http://rioonwatch.org/?p=14245 「ファベーラの平和と、鎮定と、UPP」RioOnWatchの記事の抄訳です

鎮定(pacification)という言葉がメディアでよく言われるけど、絶対受け入れられない。「平和」というのは、ある精神の状態(←個でも集団でも到達できると思う)を指し示す言葉だが、「あきらめ」とよく混同される。だが、基本的な要求なしに平和は得られないってとこが違う。だから学校なしでは平和はないし、健康なしでは平和はないし、基本的な衛生施設がなくては平和はないし、娯楽がなくては平和はないし。。。。そしてファベーラの人々は、どうすれば平和、連帯、喜び、生への意志を得られるかをわかっている。

平和というのは、自身を理解し相互を理解するってことで、お互いの差異を受け入れることで尊敬が生まれる、そういうもの。「平和」において重要なのは寛容性で、衝突は対話を通して解消されなくてはならない。人権が尊重され、民衆の
声は耳を傾けられ、すべての人がもっとも高いレベルの平静を得ていて、社会的な緊張はない、そういうもの。

はっきりと言えるのは、鎮定(pacification)政策は決して、占拠されたファベーラの住人に平和をもたらすことはないということ。鎮定政策のゴールは、ファベーラ外の市民に、ある種のセキュリティを保障するということだろう。もしくは、ファベーラ(UPPにより占領された)を通る旅行者のセキュリティか。そこで用いられるのはむき出しの警察力と縄張りコントロールで、民主主義的権利は、(警察によって)恣意的に定められた領域を越えて行使することはできない。

【誰のための平和か?】
BOPEのウェブサイトにある、2011年1月6日の通達42787によると、鎮定プログ
ラムはUPPの活動により4つの位相に分けられるとしている。
①戦略的な侵入
②安定化
③UPPの展開
④評価と監視

BOPEは軍事的な侵入部隊であり、危機的状況やドラッグ売買に対する戦争を想定して訓練を受けている。この30年間、BOPEはファベーラでの無数の作戦において、住民の虐殺と殺害を行ってきた。

にもかかわらず、BOPEは上記の「コミュニティ鎮定」の過程の、はじめの二つを任務としている。BOPEのウェブサイトによると(UPPが導入された後)「軍事警察ユニットは土地を占領するだけでなく、コミュニティでのイベントを運営したりもする。たとえば、会合やスポーツトーナメントや宗教的なイベントなどだ。」この任務を通してUPPは「街のボス」になり、誰が何をしてよくて何をしたらダメかを決める。

マリア・ヘレナ・モレイラ・アルヴェス(MITで政治科学の博士号をとった研究者、『十字砲火の中に生きる』という本の著者)によると「UPPが導入されると、ファベーラでは『例外状態』ができてしまう。そこでは憲法で保障されているはずの人々のもっとも基本的な権利が、日常的に侵害されてしまう。警察は自由に住民の家に出入りし、撃ちたいときに銃を撃ち、それら全ては麻薬売買人に対する大義のもとに正当化される。独裁政権の時代と大して変わらない。。。警察は独裁政権時代より今の方が人を殺しまくってる。だが社会(特に中産階級・上流階級)は独裁時代に示した虐殺に対する憤りを今は示さない。国連の調査団が状態を非常に深刻とするレポートを書いた。」


UPPがファベーラに来て5年がたつが、UPPはブラジル帝政時代のころからの役割を打ち破れていない。それだけでなく、UPPはBOPEの鎮定プログラムの最初の二つだけを実行し、先に進もうとしない。(①戦略的介入と②平定)武力鎮圧を受けたファベーラ:アレマオン複合体とマンギンホスでは、抗議行動に続いて集会と討論会が持たれた。住民は、ファベーラの安全と警察権力の将来を決める過程へ参加すること、対話することを求めた。

ファベーラの一つであるマレ複合体の住人は、数々の権利が侵害されることを恐れている。住人は集団的な文化イベントを企画し、コミュニティの運動を呼びかけている。運動の目的は、これまで繰り返されてきた多くの虐殺や誘拐などをこれ以上繰り返させないためだ。ファベーラの一つアレマオンの住人による宣言文より「『平和』は、全てのファベーラで一緒につくられなくてはならない。ドアに足を突っ込んで、いわれのない暴力で人を脅しながら平和への政策を実現なんて無理。平和は戦車では作られない。いまの政策では、人々の声は聞かれない。

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