山谷ブログ-野宿者・失業者運動報告-

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zoom RSS 2017-2018山谷越年闘争の報告

<<   作成日時 : 2018/01/10 22:43  

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2017-18山谷越年闘争へのご支援・ご協力ありがとうございました。厳冬期を迎え、山谷越冬闘争はこれからも続きます。ご注目をお願いいたします。以下、越年闘争のご報告です。

12/29いよいよ越年闘争突入
 城北労働福祉センター前に物資を運び込みます。鍋釜、丼、はしなどの炊事道具、野営テント設営のためのさん木、竹、ブルーシート…。米、野菜、肉、魚、りんご、野沢菜漬けなどの食材はすべてカンパでいただいたもの。本当にありがたい。
 初日の大仕事は野営テントの設営です。竹とさん木を番線で縛り骨組みを作ります。ブルーシートをかけ屋根と壁にしてプラダンで補強。野宿の仲間が経験を生かして中心になって作業。テンパった「職長」(活動家?)をうまくいなしながら(笑)、テントを完成までもっていってくれました。夕方テントを作り終えて「アルミ缶仕事があるから」と自分の小屋に帰っていった仲間、黙々と番線をしめてくれた仲間、いろんな意味ですごいなあと感じました。これで約20人が寝ることができます。
 共同炊事は3時のうちあわせから。その場にいる全員でやるので40人くらい。マイクを使ったり大きな声を出して意見を伝えあいます。材料は何を使うか、味付けは、机やカマドの並べ方やそれぞれの当番、米を炊き始める時間…、全部決まったところで作業開始。路上にドラム缶で作ったカマドが10個並びました。水場では米とぎと野菜洗い、机の上では肉切りと野菜切りが始まります。カレーの鍋と飯の鍋が4個ずつ、それぞれ当番になった人が火をつけます。火消用の水を用意したり、まきを運んだりの応援も。
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 5時にはカレーライスの完成。集まった160人分をそれぞれの鍋からよそって机に並べ、全員分できたらみんなで食べます。ここでは並ぶのは人間でなく丼の方。行列はありません。
 初日最後の作業が布団敷き。飯の後のよりあいで寝る人数を確認し、必要な数の布団や毛布を運び込みます。野営テントの中にバケツリレーで布団を敷き詰め、やっと就寝。が風が入ってきて少し寒い、仲間が入り口に毛布をつるして解決。

12/30越年闘争2日目
 7時に起きて8時に簡単な朝食。9時のうちあわせで午前中の動きを確認します。やることになったのはマキ作りの作業。廃材を丸ノコやバールで解体しまきとして使える大きさにします。切る人、運ぶ人、掃除する人、寒い中汗をかきました。
 何人かは三里塚に行き、野菜のカンパをいただいてきました。
 越年闘争は1週間を通して路上で行われますが、唯一の屋内のとりくみが昼からの学習会です。今直面している課題「白手帳」について現状報告と問題提起をしました。学習会の内容については別途報告したいと思いますが、日雇雇用保険手帳である白手帳に関して昨年から職安からの一方的で違法な締め付けが行われおり、一方で手帳に印紙を貼る義務があるのに貼らない雇用者側の責任については棚上げにされています。大多数の日雇労働者が白手帳の存在すら知らされず無保険状態に陥っている現状で、白手帳を作る運動をはじめています。
 3時からは共同炊事。昨日より鍋を増やして米を汁を5個ずつにすることに。あさり汁のひじき入り。おいしかったがひじきが立派すぎて噛むのに苦労。180人で。
 布団敷きの後は夜回り。隅田川や浅草を回り、越年闘争への合流をよびかけました。

12/31越年闘争3日目
 朝から小雪が舞い寒い!午前中は、やはりマキ作り作業。毎日翌日の朝までもつだけのマキを作ります。仕事で手慣れた人が丸ノコを、他の人はバールや運びを。マキが濡れて火がつかなくならないようにシートで養生をしたり。それから明日のもちつきに備えて杵臼セイロなどを運び込みました。
 共同炊事はキムチ味のモツ汁。モツは屠場労組からのカンパです。翌日のもつ煮込み分も合わせて寸胴2つ分約70キロのモツを人海戦術で切りきりました!
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 夕食は200人で。飯の後は路上芝居と年越しそば。年越しの乾杯を一杯だけ。日ごとに増えてくる人数分の布団敷きをした後、希望者で銭湯に行きました。

1/1越年闘争4日目
 午前中はもちつき準備。もちにかけるモツ煮込みを作ります。大根と人参を切って昨日準備したモツと煮て味付け。もちつき道具の積み込みもおおわらわ。
 車や自転車を使いみんなで隅田川に移動。川をはさんで再開発と排除の象徴スカイツリーの真ん前です。12時からもちつき。4臼つきましたが、つき手が次から次と現れてくれてうれしい限り。秋葉原から来てくれたという人も。つきたてのもちにもつ煮込みをかけて完成。各机においた薬味のネギは自分で好きなだけかけます。うまい!
 山谷に帰って共同炊事。メニューは鮭とホタテのクリームシチューに決まりました。シチューと飯は各5個。年が明けると支援の方の数がぐっと減りますが、その分野宿の仲間のがんばりが目立ってきます。新しい仲間とはお互いに顔を覚えてくるころでもあります。上野や隅田川、いろは商店街など自分の寝場所を持っていて毎日通ってくれる仲間もかなりいます。野菜を切ったり、マキを運んだり気が付くと裏方を担ってくれている感じです。
 飯の後の鍋洗い。コーヒータイムで一服してよりあいで寝る人数の確認。それからカマドを片付けて布団敷き。その後上野へ夜回りへ。

1/2越年闘争5日目
 前日同様にもちつき準備。きょうは上野公園でもちつきです。毎年上野もちつきは人数が多く、もちも6臼つきます。隅田川にも増してつき手の立候補者が多く、もりあがりました。長野から自分で作ったリンゴを持ってきてくれた仲間がいて、もつ雑煮にリンゴがつきました。
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 共同炊事はブリ大根1鍋とさわら大根4鍋。ブリはアラだったので骨注意のため分けて好みの方を食べることになりました。
 よりあいで寝る人の数が多いことがわかり、野営テントでは足りないことがわかりました。外のマキ用残材が減って空いたスペースにも布団を敷きました。

1/3越年闘争6日目
 越年終了後のことを話し合いました。飯場に戻る、派遣仕事が決まっている、飯場はこりごり山谷から現金仕事に行きたい、野宿でアルミ缶集めでやっていく、野宿で日雇をやる、生活保護をとってドヤに入ってから日雇をやる、など様々。現金仕事や飯場の状況、玉姫職安(日雇職安)やセンターのこと、野宿場所のことなど情報交換しました。最近ましになったと思っていた飯場に未だにタコ部屋があり、満期しても金が残らないようにされている実態をききました。
 3時からは越年最後の共同炊事。メニューは鯛汁と決まったものの、どうやって骨をとるかで喧々諤々。3枚おろし案やぶつ切り案もありましたが技術を要するということで却下。結局丸ごと煮てから骨とりすることに。それがよかったのか悪かったのかわかりませんが、おいしかったです。
 いつものコーヒータイムとよりあいの後、カマドをはじめ炊事道具の撤収作業。それから布団敷き。夜中強風でシートがバサバサ音をたてていました。

1/4越年闘争最終日
 6時過ぎにはセンターの紹介業務が始まるので、4時半に起床して野営テントの解体撤収。テントで寝ていた人たちが最後まで作業をがんばってくれました。集約で「1週間楽しかった」「ここで越年してよかった」と言ってくれる人が多くうれしかったです。と同時に「こういういやな思いをした」などの意見もあり、場や作業の中でのどういう関係性でどうやって仲間を作っていくのかは今でも課題であることも再認識しました。
 生活保護を希望した5人が福祉事務所に集団申請、1日がかりでドヤ保護をかちとるまで越年を共にした仲間たちが応援しました。日雇職安である玉姫職安の登録行動も行いました。

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