山谷ブログ-野宿者・失業者運動報告-

アクセスカウンタ

zoom RSS 8月11日(土)デモ「公園リニューアルのかげで貧者の存在を覆い隠すな」報告

<<   作成日時 : 2012/08/14 00:00   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
8月11日、竪川河川敷公園の五ノ橋下に、「三代豊国 五渡亭園」がオープンしました。江東区は、このオープンを前に工事が終わったはずの場所に鋼板を設置し、本来通行できるはずの公園の一部を通行止めにしています。この鋼板は野宿の小屋を外から見えないように閉じ込め、交通を遮断する形で張られました。野宿者の存在を認めず、地域住民と野宿者との関係を悪化させ、差別を作るフェンス設置と言わざるを得ません。
私たちは、五渡亭園オープンのこの日、華やかなリニューアルオープンの陰で起こっていることを多くの人たちに知ってもらいたいと「公園リニューアルのかげで、貧者の存在を覆い隠すな!」デモを行いました。急な呼びかけにもかかわらず50名近くの参加があり、文泉公園から蔵前橋通り、明治通り、京葉道路を経て亀戸南公園に至る1.7`の道のりを力強く行進しました。打楽器のリズムに乗ったシュプレヒコールが、亀戸の街に響きました。

この日は第二土曜日、恒例の「竪川カフェ」の日。デモの参加者も、亀戸駅前でのビラまき情宣ののち、竪川に合流しました。竪川カフェでは、先月好評だった『山谷への回廊〜写真家・南條直子の記憶1979−1988』からの写真展を再度開催。今月も近隣に住む方々や30〜40人の来場者がありました。多くの人が野宿の小屋を閉じ込めるように設置された鋼板を見るのははじめて。鋼板を実際に目にして、ホントに酷いとみんなびっくりしていました。

画像

画像



以下、当日配布したビラの文章です。
【公園のリニューアルのかげで、貧しい人々が見えなくされています】
 今日、8月11日、竪川河川敷公園に五渡亭園という日本庭園がオープンします。その5日前の8月6日、五の橋(明治通り)をはさんで西側に、鋼板(鉄の板)で壁を作る工事が行なわれました。鋼板は、公園の通行を遮断する形で設置されています。五の橋の西側には、野宿する人達の小屋が並ぶ地域があります。この小屋と人々を、リニューアルされたエリアから見えなくするような形で、鋼板の壁は作られています。
 鋼板の壁について、江東区水辺と緑の課は、「公園管理のために設置した」と言っていますが、公園の工事が終わっていることは区も認めています。鋼板設置には、何の理由もありません。ただ、野宿者を閉じ込めて見えなくするためだけに立てられた、差別の鋼板なのです。
 私たちは、鋼板の壁をなくし、公園をひらいてほしいと訴えています。多くの人にこの問題について考えていただければと思います。

【1. 公園の改修工事は誰のため?】
 このような背景の中で公園リニューアルを見ると、ひじょうにいびつな事が起こっていることがわかります。
●鋼板の壁によって公園内の通行路が遮断され、公園を通り抜ける事ができなくなっています。
●五の橋の東側(五の橋〜人道橋にかけて)のエリアでは、すべての入り口に鉄製の大きなゲートがつけられ、開くのは限られた時間のみ。当面は、朝10時〜夕方4時までしか開けないそうです。
リニューアル後の公園は、他のエリアも夜間は閉じられていて、公園は地域の人々ではなく観光客の方を向いているように見えます。
 実際、竪川河川敷公園の改修工事計画の書類には、スカイツリーへの観光客を呼び込むことが改修の目的の一つにあげられています。しかし、観光客のために、公園を地域の人々(特に貧しい人々)が使えないようにするのは、いかにもおかしな話です。

【2. 江東区の10万人の非正規労働者と野宿の問題は切り離せません】
 いま、働く人々の1/3が非正規労働者です。江東区に暮らす人々は約45万人、江東区で働く人々は約35万人です。このうちの1/3、つまり12万人が、(派遣、契約社員、任期つき雇用などの)非正規労働者として働いているのです。
 非正規労働が、不安定雇用・不安定な収入と結びつきやすいことは多く指摘されています。失業し、居住を失うことと背中合わせで働いている人々が、江東区でも数万人いるということです。アパート住みつづけることができなくなった人々は、より条件の悪い仕事につかざるを得ず、貧困ビジネスに利用され食い物にされる事も多くあります。そのような中、最低限の自前の居住を確保するために、人々は公共の空間に野宿するのです。
 誰の目にも貧富の差が大きくなっていることが明らかです。貧しい人々が増え、家賃を払えずに居住を失う人々が、大量に生み出されています。この社会状況を考えれば、公園に寝起きする人がいるのは当然のことです。それは、労働の問題、貧困を生み出す社会の問題の現れです。

【3. 江東区では貧しい人々がともに暮らしてきた歴史があります】
 江東区は、第二次大戦では空襲で最も大きな被害を受けた地域の一つです。立ち並ぶ長屋が燃え、多くの人々が亡くなりました。また、区内には寄せ場(日雇いの仕事をする労働者が仕事につくために集まる地域)があり、数年前までは日雇い職安(木場職安深川出張所)が機能していました。そのような社会を背景に、公園で暮らす野宿者が、地域の中で生きてきた歴史があります。
 竪川河川敷公園では、15年以上も前から野宿する人々が暮らしていました。野宿の小屋の横で子供たちが遊び、地域の人達との交流もありました。また、東西に約2.5kmにのびる公園は、地域の中で重要な生活道路として機能してきました。
 江東区では貧しい人々がともに暮らしてきた歴史があります。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
8月11日(土)デモ「公園リニューアルのかげで貧者の存在を覆い隠すな」報告 山谷ブログ-野宿者・失業者運動報告-/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる