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zoom RSS 【明日です!】1・8 「山谷 やられたらやりかえせ」上映&トークの集い 【山谷労働者福祉会館にて】

<<   作成日時 : 2012/01/07 12:47   >>

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1・8 「山谷 やられたらやりかえせ」上映&トークの集い

この映画には監督が2人います。佐藤満夫さんは、映画やTVドラマの助監督を経て、労働者を食い物にして山谷を支配しようと目論む暴力団と闘いが炸裂し、警察の弾圧で逮捕者が続出していた山谷に、一人の支援者として飛び込み、疾風のように映画を撮り始めるのです。「映画で腹は膨れないが、敵への憎悪をかきたてることはできる」なんて、その眼差しとスタンスは、労働者の側にありました。1984年12月22日早朝、映画と闘いと労働者の結合を恐れた「敵」は、刺客を放ち、佐藤さんを虐殺したのです(映画の冒頭シーン、刺されて横たわる佐藤さんの姿)。この佐藤さんの遺志を受け継ぎ、監督を引き継いで完成させたのが山岡強一さんでした。山岡さん、通称ヤマさんは、山谷のみならず日雇労働者運動全体のリーダー的存在でした。しかし「敵」は、映画の完成直後にまたも刺客を放ち、1986年1月13日、自宅を出て近くの路上で射殺したのです。
映画では描かれていない1986年以降は、右翼暴力団と警察権力がつるんで、山谷の労働運動つぶしにのりだし、数百人の逮捕者、負傷者を出す闘いが続き、その過程で、完成した映画は、「山谷」制作上映委員会を中心に全国上映キャラバンも取り組まれ、北海道から沖縄まで数百か所、さらには海外でも上映され、途切れることなく続いてます。また、山岡さんの遺志でもあった、現場と外をつなぐ寄せ場に開かれた空間をと、1990年には山谷労働者福祉会館が完成しました。
 映画は、ただ単に山谷労働者の生活や闘いをクロニクル風に記録したものではありません。実にさまざまな要素、テーマが詰め込まれています。路上手配、働き方のあり様と飯場での労働争議、青空団交、被差別部落の歴史と山谷、戦後の在日と山谷、野宿者への排除・排斥と少年たちの襲撃・虐殺、監獄と虐待、精神医療、路上での野垂れ死に、首相(中曽根)の靖国参拝と戦争責任、植民地支配と強制連行、労務者支配と動員、筑豊と棄民化、生活保護、越年越冬闘争、夏祭り、人民パトロール、右翼暴力団との闘い、などなど。
 しかし、佐藤さんの未完の構想を引き受けた山岡さんは、とりわけ日雇労働者の闘いにとって、あるいは、山谷の現実を訴えてゆく上で、決して欠かしてはならない問題意識を映像に込めました。映画は後半になって、唐突に舞台は筑豊に飛びますが、なぜ筑豊がこの映画に不可欠であったのか。最後に、また山谷の青空団交のシーンにつないだのはどういう意味があるのか。映画は、歳月を経ても、観る者の想像力をかきたてます。それは、二人の監督のなかに、時代の予感をはらむ想像力が満ちていたからだと思います。映画は、過去を学ぶ、歴史的事実、断面を知るという側面もありますが、大切なことは、2011年の山谷という現場から、次なる時代の予感を感じ取るための、つまりこの閉塞した「冬の時代」、いびつな社会、政治を根底から批判し、自分たちの生きる「現場」から変革の糸口、ヒントをつかむための想像力が喚起されれば、と考えています。多くのご参加を。


○1月8日(日曜)午後6時スタート
山谷労働者福祉会館2階ホール

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